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名張市

番取山古墳

石室基底部残る

名張盆地南西端部、宇陀川を見渡せる丘陵の先端部に位置する円墳で、民家裏に石室基底部の奥壁側が露出しています。覆い屋が建っており、小さな社が祀られています。

芝出古墳群

2基確認

百合ヶ丘住宅団へと入る北側登り口の東側丘陵尾根上に分布する古墳で、2基確認しました。  うち3号墳で、横穴石室がわずかに開口していました。かなり埋没していますが、側壁の石積みは、なんとか確認できます。すぐ上側に径11mの2号墳の円墳が残ります。墳丘は、大きく陥没する。他詳細は不明。

奥出古墳群

9号墳で一部石材露出

青連寺川の右岸、百合ヶ丘住宅団地の北側丘陵に分布する15基から成る古墳群です。尾根ひとつ南側には、柿谷古墳群が位置し、南西丘陵上にも芝出古墳群が位置します。  9号墳で、石室の基底部が確認できる程度で、ほか状態は良くないのが現状です。出土遺物として玉類、須恵器などが出土しています。

美旗古墳群

伊賀地域最大規模

上野盆地の南部、名張川に流れ込む支流小波田川右岸の美旗台地に分布する古墳群で、5基の前方後円墳を中心に、方墳、円墳から構成され、伊賀地方最大規模を誇ります。主な古墳として前方後円墳である馬塚、貴人塚、毘沙門塚、女良塚、殿塚の5基と円墳の赤井塚古墳があります。  盟主墳の馬塚古墳は、全長142m、後円部径98m、高さ14m、前方部前端幅100m、高さ6mで群中最大規模となります。墳丘には、段築、葺石、造出、埴輪、周溝を備えます。築造年代は、5世紀後半と推定。  次いで女良塚古墳が全長100mを超える規模の帆立貝式前方後円墳となります。墳丘には、埴輪、葺石を備え、周溝が巡っていました。築造年代は、5世紀前半と推定。  赤井塚古墳は横穴石室を主体部とする円墳で、全長12.6mの巨石利用した立派な両袖式横穴石室が残ってます。築造年代は、6世紀後半と推定される。(ほか古墳群の詳細は別掲載)

大屋戸古墳群

杉谷神社境内

名張市大屋戸の杉谷神社背後の山林内にある4基からなる古墳群です。  1号墳は、右片袖式の横穴石室が開口し、全長5.4m、玄室長3m、幅1.5m、高さ2mを測ります。2号墳は、天井石が露出しており、失った天井石の間から奥壁を確認することができます。3号墳と4号墳は、横穴石室を主体部としますが、墳丘を失った状態です。

小谷古墳群

1号基底部移築

名張市役所の北西、通称「女山」と言われる独立丘陵南斜面に分布する古墳群で、8基の円墳から成ります。そのうち5基が調査され、1号墳の石室基底部が丘陵の中腹に復元整備されています。  1号墳は、径8mほどの円墳で、無袖式横穴石室を主体部とする。最大の墳丘は、3号墳で径18mを測ります。埋葬施設は、全長7.2m、玄室長3.3m、奥壁幅1.8mの両袖式の横穴石室ですが左袖がやや小型の形状を成してます。築造年代は、6世紀後半~7世紀中頃と推定される。

下出古墳

天井石露出

名張川と青蓮寺川の合流する北側、名張市夏見の寺田病院西側に位置する古墳で、天井石が露出した状態で残ってます。横穴石室内部は、ほぼ埋没しており、わずかな隙間から覗ける程度となる。

上山13号墳

春日丘4号公園に移築

名張川と青蓮寺川の合流する東側段丘上に分布する14基の古墳群に属した円墳で、春日丘4号公園に移築復元されてます。  墳丘規模は、径12mの円墳で、横穴石室を主体部とします。両袖式の横穴石室は、石室長5.4m、玄室長2.7m、奥壁幅1.5mを測り、箱式石棺が納められています。石棺は、内法長1.55m、幅0.5、高さ0.36mを測り、長さ0.58m、幅0.25mの副室が存在します。出土遺物は、耳環、棒状かんざし、金銅製花型飾り、土師器坏、須恵器坏蓋が出土。築造年代は、7世紀中頃と推定されます。  また、13号墳の墳丘背後にある石材は、9号墳の石室を移設したものです。群中最高所に位置し、径15m、高さ2.3mの円墳です。全長7.2mの横穴石室を主体部とし、こちらも群中最大規模を誇ります。立地や規模から盟主墳的な存在と考えられます。

中村古墳群

在地色濃い古墳群

名張盆地の南東部、名張川南岸の東側は前山丘陵と言われ、その西端尾根上または南斜面に分布する古墳群で、方墳と円墳の数十基から成ります。方墳は丘陵西部の尾根上に5基が集中し、円墳は4基、5基を1グループとして4支群に分れています。  現在、1号墳と12号墳は、住宅団地内のシイの木公園に保存され、17号~20号墳は、ニレの木公園に保存される。そして、丘陵西側端には、5号~8号墳、13号~16号墳が残されてます。  古墳群は高尾支群から築造され、周溝を伴う方墳で、木棺直葬となります。5号墳では、2基の木棺が直葬され、剣、矢、槍鉋、斧、石突き、玉類などが出土する。  隣接する尾根先端部には、中心的存在の3号墳が位置する。主体部は全長4.8mの右片袖式石室で、当古墳から横穴石室が採用されている。  群中最大規模の2号墳は、3号墳の同尾根線上北側高所に位置し、径20mを測ります。こちらも横穴石室が主体部となります。  その後、谷奥に向かって築造され、木棺直葬から一連の系譜を辿ることができる在地色の強い古墳群と考えられます。築造年代は、5世紀後半~6世紀後半と推定される。

台ヶ芝1号墳

右袖の石室ほぼ完存

滝川の右岸、赤目掛線(R784)沿いの南側丘陵上に位置する円墳で、古墳群を形成しています。北側丘陵には、木戸口古墳が分布します。  墳丘規模は径15mほどで、横穴式石室を主体部とします。石室は右片袖式で、全長5.8m、玄室長3.6m、幅2m、高さ1.8mを測り、ほぼ完存しています。出土遺物など、他詳細は不明。

滝谷古墳

外護列石残る

台ケ芝古墳群の丘陵と木戸口古墳のある丘陵の間を南東方向に入った北側山林内に位置する円墳です。  墳丘規模は、径12.5m、高さ4.75mを測り、横穴石室を主体部とします。石室は、右片袖式で全長8.9m、玄室長3.7m、幅2.2m、高さ2.5m、羨道幅1.75m、高さ1.77mを測ります。墳丘のわりに巨石を使用した立派な石室が残ってます。出土遺物など、ほか詳細は不明。

横山古墳群

琴平山古墳を含む

竜神山の北西、金比羅山に分布する古墳群で、南側丘陵上には石取場古墳群、東側丘陵上には丸尾山古墳群が位置します。前方後円墳の琴平山古墳を中心に、径9m~径16mほどの円墳数十基から構成されています。  最高所にある琴平山古墳は、全長70m、後円部径36m、前方部長34mを測り、葺石、埴輪、段築を備えます。埋葬施設は、後円部、前方部、くびれ部に横穴石室が3基確認されています。出土遺物は、衝角付き冑、直刀、鉄剣、須恵器が出土。築造年代は、6世紀初頭~前半と推定され、名張郡内の前方後円墳で初現期かつ最大級とされます。  北側尾根には、埋葬施設が木棺直葬とする11号墳~15号墳があり、西側尾根には、横穴石室を主体部とする支群があり、17号墳で最終段階(7世紀中頃)を迎えてます。(古墳詳細は別記載)

石取場古墳群

石室基底部露出

竜神山の北西麓近くに位置する古墳群で、同丘陵上の北には石取場古墳群、西側丘陵上には横山古墳群が分布します。  1号墳は、径10m程の円墳で、横穴石室を主体部とします。無袖式の横穴石室で、石室長6m、奥壁幅2mの基底部が露出しています。出土遺物は、直刀、鉄鏃、釘、須恵器杯、高坏が出土。築造年代は、6世紀末と推定される。  2号墳では、墳丘が良く残っていますが、石室の方は、ほぼ埋没しています。

丸尾山古墳群

3基から成る

竜神山から北西に突き出た丘陵上に位置する南北に連なる古墳群で、3基の円墳から成ります。同丘陵上の南には石取場古墳群、西側丘陵上には横山古墳群が分布します。  3基ともに低い墳丘が残り、一部石材が露出する。横穴石室を主体部とし、小型の石材を垂直に積み上げた古式の石室とされます。  出土遺物は、銅鏡、玉類、銀象嵌刀装、金銅製鏡板、ガラス製管玉、須恵器が出土しています。

鹿高神社境内古墳

横穴石室×2

宇陀川の右岸、鹿高神社境内の丘陵上に位置する前方後円墳で、前方部を北東に向けます。  墳丘規模は、全長42m、後円部径21m、高さ5m、前方部幅26m、高さ4.5mを測ります。埋葬施設は、二つの両袖式横穴石室を備える。後円部石室は全長9.8mで、組合式箱型石棺が納められていたとされ、前方部石室は全長7.6mで、こちらも箱型石棺が納められていました。  出土遺物は、円筒埴輪、須恵器台付長頸壺、広口壺が出土。築造年代は、6世紀前半と推定される。

春日宮山古墳

横穴石室×2

宇田川と滝川の合流地点を見渡せる位置にある前方後円墳で、同丘陵上の北西に桃山古墳が分布します。以前は、双円墳と考えられていました。  墳丘規模は全長34mの前方後円墳ですが、判然としないのが現状です。埋葬施設は、両袖式の横穴石室を二つ備えます。東側の石室は全長6m、玄室長4.9m、幅2.6m、高さ2.5m、羨道長1.1m、幅1.4mを測り、西側の石室は全長8.3m、玄室長4.4m、幅1.9m、高さ2.4m、羨道長3.9m、幅1.2mを測ります。築造年代は、6世紀の前半と推定される。

高善山古墳

わずかに開口する

滝川の右岸、竜神山の西麓に位置する古墳で、横穴石室がわずかに開口する。石室内は、ほぼ埋没状態となっている。同丘陵の北側に石取場古墳群が分布しています。他詳細は、不明。
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桃山古墳

長大な石室基底部露出

宇陀川に流れ込む支流滝川左岸、赤目町南側の丘陵頂部に天井石を失った基底部が露出しています。南東の同丘陵上には、石室を2基備える春日宮山古墳が分布します。  両袖式横穴石室は、全長11.5m、玄室長4.8m、幅2.7m、高さ2.6m、羨道長6.3m、幅1.6m、高さ1.5mを測ります。左袖部は小さく、平面形が宮山古墳の東側石室と類似する。  墳形、出土遺物については、不明。築造年代は、6世紀末と推定される。
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