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名張市

美旗古墳群
伊賀地域最大規模
上野盆地の南部、名張川に流れ込む支流小波田川右岸の美旗台地に分布する古墳群で、5基の前方後円墳を中心に、方墳、円墳から構成され、伊賀地方最大規模を誇ります。主な古墳として前方後円墳である馬塚、貴人塚、毘沙門塚、女良塚、殿塚の5基と円墳の赤井塚古墳があります。
盟主墳の馬塚古墳は、全長142m、後円部径98m、高さ14m、前方部前端幅100m、高さ6mで群中最大規模となります。墳丘には、段築、葺石、造出、埴輪、周溝を備えます。築造年代は、5世紀後半と推定。
次いで女良塚古墳が全長100mを超える規模の帆立貝式前方後円墳となります。墳丘には、埴輪、葺石を備え、周溝が巡っていました。築造年代は、5世紀前半と推定。
赤井塚古墳は横穴石室を主体部とする円墳で、全長12.6mの巨石利用した立派な両袖式横穴石室が残ってます。築造年代は、6世紀後半と推定される。(ほか古墳群の詳細は別掲載)

上山13号墳
春日丘4号公園に移築
名張川と青蓮寺川の合流する東側段丘上に分布する14基の古墳群に属した円墳で、春日丘4号公園に移築復元されてます。
墳丘規模は、径12mの円墳で、横穴石室を主体部とします。両袖式の横穴石室は、石室長5.4m、玄室長2.7m、奥壁幅1.5mを測り、箱式石棺が納められています。石棺は、内法長1.55m、幅0.5、高さ0.36mを測り、長さ0.58m、幅0.25mの副室が存在します。出土遺物は、耳環、棒状かんざし、金銅製花型飾り、土師器坏、須恵器坏蓋が出土。築造年代は、7世紀中頃と推定されます。
また、13号墳の墳丘背後にある石材は、9号墳の石室を移設したものです。群中最高所に位置し、径15m、高さ2.3mの円墳です。全長7.2mの横穴石室を主体部とし、こちらも群中最大規模を誇ります。立地や規模から盟主墳的な存在と考えられます。

中村古墳群
在地色濃い古墳群
名張盆地の南東部、名張川南岸の東側は前山丘陵と言われ、その西端尾根上または南斜面に分布する古墳群で、方墳と円墳の数十基から成ります。方墳は丘陵西部の尾根上に5基が集中し、円墳は4基、5基を1グループとして4支群に分れています。
現在、1号墳と12号墳は、住宅団地内のシイの木公園に保存され、17号~20号墳は、ニレの木公園に保存される。そして、丘陵西側端には、5号~8号墳、13号~16号墳が残されてます。
古墳群は高尾支群から築造され、周溝を伴う方墳で、木棺直葬となります。5号墳では、2基の木棺が直葬され、剣、矢、槍鉋、斧、石突き、玉類などが出土する 。
隣接する尾根先端部には、中心的存在の3号墳が位置する。主体部は全長4.8mの右片袖式石室で、当古墳から横穴石室が採用されている。
群中最大規模の2号墳は、3号墳の同尾根線上北側高所に位置し、径20mを測ります。こちらも横穴石室が主体部となります。
その後、谷奥に向かって築造され、木棺直葬から一連の系譜を辿ることができる在地色の強い古墳群と考えられます。築造年代は、5世紀後半~6世紀後半と推定される。

横山古墳群
琴平山古墳を含む
竜神山の北西、金比羅山に分布する古墳群で、南側丘陵上には石取場古 墳群、東側丘陵上には丸尾山古墳群が位置します。前方後円墳の琴平山古墳を中心に、径9m~径16mほどの円墳数十基から構成されています。
最高所にある琴平山古墳は、全長70m、後円部径36m、前方部長34mを測り、葺石、埴輪、段築を備えます。埋葬施設は、後円部、前方部、くびれ部に横穴石室が3基確認されています。出土遺物は、衝角付き冑、直刀、鉄剣、須恵器が出土。築造年代は、6世紀初頭~前半と推定され、名張郡内の前方後円墳で初現期かつ最大級とされます。
北側尾根には、埋葬施設が木棺直葬とする11号墳~15号墳があり、西側尾根には、横穴石室を主体部とする支群があり、17号墳で最終段階(7世紀中頃)を迎えてます。(古墳詳細は別記載)
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