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苅山古墳群

1号墳 前方後円墳
後円部

前方部から後円部

奥から

1号墳 前方後円墳
後円部
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神戸川を臨む丘陵上に分布する古墳群で、A~F支群に分かれ前方後円墳3基、方墳4基、円墳32基、不明1基の計40基から構成されます。
A支群は、19・ 20・ 21・ 29号墳が群中最高所に分布しています。主墳と考えられる19号墳は、全長29.3m、高さ3.4mを測り、埋葬施設は不明。
丘陵中腹のB支群(1・2・ 3・ 4・ 5・ 6・ 7・ 8・ 9・ 10・ 11・ 13・ 17・ 31・32号墳)とその麓に近い尾根上に位置するD支群(12・14・16・40号墳)は、群中でもっとも多くの古墳が密集しています。1号墳は、全長31.8m、高さ3.1mの前方後円墳で、群中最大規模となる。4号・5号墳では、横穴式石室が開口しており、家形石棺が納められていました。出土遺物は、4号墳で鉄刀、銀環、須恵器、5号墳で円頭太刀、鉄鏃、刀子、鉄斧、馬具、銅釧、金環、玉類、砥石、須恵器など多くの遺物が出土している。
C支群は、丘陵麓に近い尾根上に比較的に小型の円墳(30・35.36.37.38.39号墳)が分布しています。
E支群は、B・D支群から谷を隔てた北西側に22・23・24・25・26・27・28・33・34号墳の円墳群が分布します。なかでももっとも麓近くにある28号墳は、切石を用いた横穴式石室を備えており、石櫃が納められています。出土遺物には蕨手刀が出土しており、後世に何らかの理由によって再利用されたと考えられる特異な古墳です。
F支群は、古墳群の東端に分布する方墳2基で構成されます。埋葬施設や出土遺物などは不明。
当古墳群は、まず始めにA支群またはF支群から築造が始まり、6世紀後半以降にB支群、 C支群、D支群、E支群が相次いで築かれ、7世紀中頃には終焉を向えたと考えられます。







