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半分古墳+横穴墓

神戸川を望む低丘陵の斜面中腹に位置する前方後円墳で、前方部を南西に向ける。丘陵全体は、出雲国守護塩治氏が城主であった半分城となっています。ほか丘陵麓に近い斜面には、かつて100穴を超えるほどの横穴墓があったとされている。  墳丘は、改変が著しく復元推定で全長40m、後円部径20m、高さ(東側2.5m、西側4.5m)を測ります。主軸を丘陵斜面にほぼ直交しており、墳丘の多くを盛土によって構築している。  埋葬施設は現在埋め戻されており、伺い知ることができないが、ウイリアム・ガウランドの調査報告によると自然石を用いた横穴式石室とされている。そして、組合式石棺が2基納められていました。  出土遺物は、銀環、馬具、銅鈴、玉類、須恵器などが出土している。

墳形

前方後円墳
横穴墓

​築造年代

【横穴墓】7世紀代

​埋葬施設

横穴式石室 玄室長3.9m、幅2.1m、高さ2.4m、羨道長5.5m、幅0.9m、高さ1.1m
(石棺1)組合式石棺 内法長1.5m、高0.5m、幅0.7m
(石棺2)組合式石棺 内法長1.7m

​規模

復元全長40m、後円部径20m、高さ(東側2.5m、西側4.5m)、前方部長20m、前方部幅20m、く びれ部幅7m

​出土遺物

銀環、鞘金具、轡、鏡板、雲珠、鞍橋覆輪、銅鈴、ガラス製丸玉、ガラス製小玉、水晶製勾玉、須恵器

​参考文献

遺跡地図、全国文化財総覧、出雲・上塩冶地域を中心とする 埋蔵文化財調査報告、続日本古墳大辞典

​所在地

島根県出雲市上塩冶町半分

​メモ

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