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鯉喰神社墳丘墓

足守川と西国街道が交差する南西側、東から西へと延びる丘陵先端部に位置する弥生の墳丘墓です。南西およそ700mほどの所には同じく弥生の墳丘墓である楯築遺跡があります。当墳丘墓上は、鯉喰神社となっており、桃太郎伝説の原形となる温羅(鬼)退治の話が伝わっています(メモに別記)。  墳丘規模は、東西40m、南北32mの長方形を呈しています。埋葬施設は、いまだだ詳しい調査が行われてませんが、竪穴式石槨が推測されている。  出土遺物は、楯築弥生墳丘墓でも出土している弧帯文石や特殊器台、特殊壺、土器などが確認されている。築造年代は、3世紀後半と推定される。

墳形

長方墳

​築造年代

3世紀後半

​埋葬施設

竪穴式石槨?

​規模

東西40m、南北32m

​出土遺物

弧帯文石、特殊器台、特殊壺、土器

​参考文献

現地説明板、岡山県HP、倉敷観光WEB

​所在地

岡山県倉敷市矢部

​メモ

 吉備津彦命が吉備の国平定のため当地域に来られました。村人を苦しめていた温羅(鬼)と数回にわたって現在の吉備津神社の辺りから矢を射るがその都度、石で応戦する。なかなか勝負がつかなかったが、二本の矢を同時に射ったところ、そのうち1本が命中する。温羅は、自分の血で染まった川へと鯉となって逃げて行きます。鵜となった吉備津彦命は、鯉に変身したた温羅をこの地で捕えて食べてしまいました。村人達は、その後にここに神社を祀り、鯉喰神社となりました。

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