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二子14号墳



傍らに展示される

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岡山平野の西端、仕手倉山から東に派生する丘陵の南斜面高所に単独で築かれた段築のついた終末期の方墳です。山陽自動車道建設に伴って、山陽道の東側に移築復元されています。かつては、近隣には、日畑廃寺の存在から何らかの関係性が考えられており、大和政権に従属した被葬者が推定されています。
二段築成の方墳は、東西13m、南北12.7m、高さは2mを測り、外表に石垣を巡らしています。埋葬施設は、南に開口する横穴式石室で、全長7.4m、玄室部長4m、幅1.4m、高さ1.5m、羨道長2.7m、幅1.6mを測ります。このように玄室幅より羨道幅が広い形状は、当古墳の他に総社市の長砂2号墳の存在が認められます。
出土遺物は、釘、須恵器蓋、高杯、土師器などが出土。築造年代は、7世紀中頃と推定される。
墳形
方墳 段築 外護列石 周溝
築造年代
7世紀中頃
埋葬施設
横穴式石室 全長7.4m、玄室部長4.4m(右側壁)・4.7m(左側壁)、幅1.2~1.4m、高さ1.4~1.5m、羨道長2.65m(右側壁)・左側壁2.7(右側壁)、幅1.5~1.65m、高さ1.1 m(右側壁)、1.2m(左側壁)
閉塞石 長さ1.8 m、幅1.1~1.3m、厚さ0.2~0.4 m
規模
南北12.6m、東西13.2m、周溝幅2~3m、深さ0.5~0.Bm
出土遺物
釘、須恵器蓋、高杯、土師器
参考文献
現地石碑、全国文化財総覧、岡山県埋蔵文化財センターHP、中山1・2号貝塚・酒津八幡山平谷遺跡・酒津-水江遺跡・菅生小学校裏山遺跡・三田散布地・ 二子14号墳調査報告書
所在地
岡山県倉敷市二子
メモ
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