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米原市

塚の越古墳
石見型埴輪が出土
横山丘陵の南側、新庄の畑の中に位置する前方後円墳で、すぐ東側には北陸自動車道が走っています。横山丘陵南端部から天野川流域にかけて古墳時代前期~後期にかけ継続して造営された息長古墳群に属しています。東が後円部、西が前方部となっていますが、砦に利用されたこともあって墳丘は壊滅状態となっている。
墳丘規模は全長46mを測り、葺石、埴輪を備え、幅7m~9mの周溝を巡らせていました。埴輪は、石見型埴輪が確認され、全国で50例ほどの希少なもので、県下でも山津照神社古墳と当古墳のみとなっている。埋葬施設は、横穴式石室と推定されます。
出土遺物は、画文帯神獣鏡、金環、勾玉、馬具及び甲冑、須恵器はどが出土。築造年代は、6世紀初頭と推定される。

山津照神社古墳
豪華な副葬品
天野川右岸、横山丘陵の南端東よりの丘陵尾根先端部位置する前方後円墳で、式内山津照神社境内に残っており、神功皇后の父、息長宿禰王の墳墓と伝わる。人塚山・後別当・塚の越・狐塚古墳などと共に息長古墳群を形成し、息長一族の系譜を知るうえで貴重な存在と言えます。
墳丘規模は、全長46.2m(復元推定63m)を測ります。墳丘には、円筒埴輪、朝顔形埴輪、石見型埴輪が並べられていたとされます。埋葬施設は、社殿移転に際して全長7.5mの横穴式石室が確認され、家型石棺が安置されていました。
出土遺物は、倣製獣文鏡、倣製五鈴鏡、内行花文鏡、金銅製冠、鉄刀、玉類、鹿角製刀子、馬具類、須恵器など多くの豪華な副葬品が出土しています。 築造年代は、6世紀中葉と推定される。
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