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高山12号墳

12号墳

羨道正面
埋没してます

羨道部 上から

12号墳
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竹野川に流れ込む徳良川の左岸丘陵上に分布する9基から成る円墳群で、1~2基を単位で散在する。
墳丘規模は、8~10mと14~18mに分かれ、葺石、埴輪などは認められない。主体部は、全て横穴式石室で、無袖式が3・6・7号墳、右片袖式が1・4・5・12号墳となる。築造年代は、6世紀後半から7世紀代と推定されます。
12号墳は、径18m、高さ2.5mの円墳で、天井石は失われているが、全長12.2mの安山岩と凝灰岩使用の石室を見ることができます。副葬品は、金銅製双龍環頭大刀柄頭、銀象嵌円頭大刀柄頭をはじめ、装身具、武器、馬具、土師器、須恵器などが出土。なかでも金銅製双龍環頭大刀は、京都府下で久美浜湯船坂2号墳、夜久野町今西中西古墳についで3例目となります。全国でも60例ほどしか出土がなく、6世紀以降に朝鮮半島から持ち込まれ大和政権下で国産化された貴重なものです。築造年代は、7世紀初頭と推定される。
墳形
円墳
築造年代
6世紀後半~7世紀代(12号墳 7世紀初頭)
埋葬施設
片袖式横穴式石室 全長12.2m、玄室部長5.7m、幅2.3m
規模
径18m、高さ2.5m
出土遺物
金銅製双龍環頭大刀柄頭、銀象嵌円頭大刀柄頭、刀、鉄鏃、鉄地金銅装張辻金具、金環、勾玉、切子玉、土師器、須恵器、特殊扁壺
参考文献
現地説明板、新日本古墳大辞典、丹後王国の世界
所在地
京都府京丹後市丹後町徳光
メモ
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