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山代方墳



石棺式石室実測図
現地説明板より

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馬橋川右岸、茶臼山北西麓から南に延びる舌状台地の先端部に築かれた大型方墳で、出雲地域最大級を誇ります。周辺には、大庭鶏塚古墳、山代二子塚古墳、永久宅後古墳などが分布しており、山代・大庭古墳群を形成しています。
墳丘は東西45m、南北43mを測り、周囲には周溝が巡り、周堤も存在します。埋葬施設は 、南西に開口する全長4.2mほどの石棺式石室で、玄室、前室、羨道から構成される。玄室奥壁側には、縁を有する石床が設けられて、頭位となる石床縁に枕が彫り込まれている。
出土遺物は、円筒埴輪、出雲型子持壺が出土。築造年代は、6世紀末~7世紀前葉と推定される。
周溝、周堤含むと一辺81~84mを測る巨大方墳の当古墳は、墳形から畿内大和王権(蘇我系列)との強い結び付きが考えられているが、石棺式石室といった石室形態や出雲型の子持壺が用いられていることから大和王権との関係を保ちつつも、独自の権力基盤を誇示する在地色が強い首長墓と推測されます。
墳形
方墳 葺石 段築 周溝 外堤
築造年代
6世紀末~7世紀前葉
埋葬施設
石棺式石室 全長4.2m
規模
東西45m、南北43m(周溝含む南北55m、 東西57m)( 周堤含む一辺81~84m)
出土遺物
円筒埴輪、出雲型子持壺
参考文献
現地説明板、風土記の丘地内遺跡発掘調査報告IX
所在地
島根県松江市山代町二子塚
メモ
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