top of page

西求塚古墳


後方部

出土した鏡
現地説明板より

1/7
墳形
前方後方墳 段築 葺石
築造年代
3世紀後半
埋葬施設
竪穴式石室(副室あり)長さ5m、幅0.85m・割竹形木棺
規模
全長98m、後方部長52m、前方部長46m、後方部幅50m、くびれ部幅25m、高さ最大9m
出土遺物
主室(三角縁神獣鏡 7面、画文帯神獣鏡 2面、神人龍虎画像鏡 1面、半肉彫獣帯鏡 2面、鉄槍、短剣、小札、碧玉紡錘車形石製品、土師器、織物片)
副室(鉄鏃、短剣、鉄刀、板状鉄斧、袋状鉄斧、ヤリガンナ、鉄鑿、ヤス、紡錘車形石製品)
後円部墳頂部(鼓形器台、複合口縁壺)
参考文献
現地説明板、文化遺産オンライン、神戸の古墳Ⅰ前方後円墳
所在地
兵庫県神戸市灘区都通
メモ
菟原処女(うないおとめ)という綺麗な娘がいて、多くの若者から慕われていました。その中で同郷の菟原壮士(うないおとこ)と和泉国から来た茅渟壮士(ちぬおとこ)の二人が、妻に迎えたいと激しく争うようになります。娘はこれを嘆き悲しみ、「卑しい私のために立派な男たちが争うのを見ると、生きていても結婚などできましょうか、黄泉で待ちます」と母に語ると自ら命を絶ってしまった。茅渟壮士は、彼女を夢に見て彼女が愛していたのは自分だと知り、後を追った。菟原壮士も負けるものかと小太刀をとって後を追った。その後、親族たちは、このことを語り継ぐために、娘の墓(処女塚)を中央に男の墓を両側(西求塚・東求塚)を造ったとされてます。
bottom of page

