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樂樂福神社古墳

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墳形
円墳(前方後円墳)
築造年代
6世紀中頃
埋葬施設
箱式石棺
規模
南北16m、東西20m、高さ2m
出土遺物
高坏
参考文献
現地説明板、樂樂福神社公式HP
所在地
鳥取県西伯郡伯耆町宮原
メモ
『伯耆民談記』には「樂々福太明神、日野郡に建つる所、四ヶ所あり、各孝霊天皇を祭れる神廟なり、中にも当社を口日野の大社と称す、上古当国の西の端に悪鬼有って、数多の族類を従へ国民を悩乱す、天皇自から軍勢を卒し、当地に御座あり、悪鬼を尽く退し給ふ、遂に此地に ておいて崩御あり、其神跡とて社の後に方八間の岩窟あり」と記されて いる。 当地には、鬼の神通力に勝る霊力を以て、春一番の到来を予知し、笹葉を飛ばし、鬼を降伏させた。鬼はその霊力に感服し、北辺守護の下僕となることを誓ったという日本最古の鬼伝説が伝わる。「樂樂福」は「砂鉄(ささ)吹く」の意で鉄の神を祭ったものと言われるが、「笹葉吹く」(鬼退治伝説)また「笹葺く」(社屋古様式) の意も考えられる。(樂樂福神社公式HP抜粋)
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