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二体地蔵塚古墳

早田川と石田川に挟まれた世良田の東部から西北にある小角田は、古墳の密集地帯となっていて「世良田四十八塚」とも言われていました。現在では3基のみ現存し、二体地蔵塚は、そのうちの一つで世良田公園の東に位置する。  墳丘は、径24m、高さ4mの円墳で、墳頂部には2体のお地蔵様が祀られています。  この古墳には、いくつかの言い伝えがあります。1333(元弘3)年、北条高時は西国で起こった乱を鎮めるための戦費調達費として多額の税の徴収を行います。この世良田にも、その波が押し寄せて黒沼彦四郎入道と紀出雲介親連が徴収に訪れます。新田義貞は二人を拘束して黒沼は斬首、さらし首、もう一方の紀出雲介親連は重臣の同族と言うことで助命される。  また、この塚の周辺では、毎晩ひとの争う声が絶えず聞こえてくるそうで、村の人々は恐れをなして、もとは一体であった地蔵だが、普門寺からもう一体を移して二体としました。すると争う異様な声は止んだそうだ。このことが由来となって二体地蔵古墳と呼ばれるようになりました。

墳形

円墳

​築造年代

古墳時代後期

​埋葬施設

​規模

径24m、高さ4m

​出土遺物

​参考文献

現地説明板、群馬県古墳総覧

​所在地

群馬県太田市世良田町

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