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下山古墳群
和久寺廃寺に隣接
下山古墳群は103基以上の横穴式石室を主体部する円墳と方墳1基(I号墳)から構成される群集墳です。 A~Fの6つの支群に分類され、小さなもので径10mから、大きなもので径20mを超える墳丘規模となる。
42号墳は、径25m、高さ5.2mほどの円墳で、横穴石室を主体部とするが、現状は大きく墳丘が陥没し石材は抜き取られている。出土遺物は、須恵器蓋坏、坏身、高坏の破片が採取された程度である。
43号墳は、42号墳よりやや小さい径20mほどの円墳で、群中で唯一横穴式石室が開口する。左片袖式の横穴式石室で全長7m、玄室長4.1m、幅2m、高さ2.5mの立派な石室を見ることができます。
築造年代は6世紀~7世紀代と推定され、下山古墳群は前方後円墳を伴わない後期古墳群とされ、8世紀になって隣接する和久寺廃寺を生み出したとされる貴重な群集墳と考えられる。

奉安塚・高龍塚古墳
「佐賀地区」後期古墳
福知山市の「佐賀地区」に分布する円墳で、かつて高龍塚古墳と奉安塚古墳は隣接していましたが、佐賀小学校に近い奉安塚古墳は、消滅し看板のみが校庭片隅に建てられてます。
奉安塚古墳は、墳丘規模は判然としないが、全長4.2m以上、幅1.75mに無袖式横穴石室を備えていました。そして、木棺が安置されていたと考えられます。副葬品は、鏡、勾玉、鉄刀、鉄工具類、馬具類、須恵器等の多くの豪華な遺物が出土しました。築造年代は、6世紀後半と推定。
高龍塚古墳は、径25m、高さ5.5mの円墳で、全長4.6mを超える無袖式横穴石室が開口する。こちらは現在でも小学校の西側に現存しています。

広峰15号墳
鏡「景初四年」の銘
福知山盆地を広く見渡すことが出来る丘陵最高地に位置する前方後円墳で、30数基から成る広峰古墳群に属します。現在、広峯古墳記念公園として整備される。
墳丘規模は、墳丘長40m、後円部径25m、高さ3.5m、前方部幅13m、高さ2mを測り、自然地形を利用して構築され、葺石、段築は認められない。調査時には、かなりの削平を受けていた為、保存整備にあたって、4分の3サイズに縮小して復元。埋葬施設は、3段に掘り込まれた長さ10mほどの墓壙に木棺が直葬されていました。そして、棺内では、朱が確認されている。こちらも2.5分の1サイズに縮小して復元されている。
副葬品として、木棺主室で「景初四年五月丙午の銘」の盤龍鏡が出土。副室では、碧玉製管玉、鉄剣、鉄槍、鉄斧、鉄鉇が出土する。築造年代は、4世紀後半と推定される。

牧正一古墳
3つの石室
由良川と牧川の合流地点付近に位置する前方後円墳で、当古墳から弁財天古墳群→八幡古墳→道勘山古墳群と北西方向に直線状に 後期古墳群が連なります。
墳丘規模は、全長35m、後円部径23m、前方部幅26mで小型の前方後円墳でとなる。現状は、北側墳丘が大きく削平されてます。
埋葬施設は、当古墳の最大の特徴である横穴式石室を後円部、くびれ部、前方部に3つの石室を備えます。なかでも後円部の石室は、両袖式横穴石室で全長12mを測ります。前方部の石室は、左片袖式横穴石室。くびれ部の石室は、無袖式横穴石室と多様な石室を持ち合わせてます。残念ながら現状は全て埋没状態となってます。築造年代は、古墳時代後期と推定される。
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