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伊達市

新山古墳群

新山古墳群

8世紀末の古墳群

かつては10基ほど分布してましたが、現存4基が残っております。埋葬施設は胴張の横穴石室で、一部追葬が行われております。現状は石材が散乱状態で面影はありません。阿武隈高原西麓における最北の古墳群です。8世紀末の築造。
化粧塚古墳

化粧塚古墳

北畠顕家の供養塚

大塚古墳のすぐ横に位置している。南北朝時代の武将、陸奥守北畠顕家が戦死した際、供養の為に仕えていた侍女が化粧品を埋めたと伝えられている。
大塚古墳

大塚古墳

地名由来となった「大きな塚」

墳頂には熊野神社が鎮座し、径40mの円墳で保原町では最大規模。築造年代はおおよそであるが7世紀と推測されます。  この大きな塚がそのまま地名の由来になって、室町時代の古文書に登場している。
野崎観音塚古墳

野崎観音塚古墳

信達三十三観音霊場第二十五番札所

通称として丸山観音と呼ばれ、信達三十三観音霊場第二十五番札所にもなっている。  その磐余は、農夫が池の所で馬が一歩も進まなくなったのを不思議に思い池を見ると黄金に輝いていた。すぐにその池を探ってみたところ黄金の仏像が現れる。霊験に感じた村人たちは丸い山を築いて仏像を祀ったのが丸山観音(古墳)の始まりと言われる。古墳の詳細については不明。
観音塚古墳(前山古墳)

観音塚古墳(前山古墳)

信達三十三観音霊場第二十四番札所

別名、前山古墳と言われている。長谷寺の境内にあって、墳頂の観音堂は信達三十三観音霊場第二十四番札所になっている。古墳の詳細は不明。
愛宕塚古墳

愛宕塚古墳

愛宕神社が鎮座する

古墳についての表示は一切なく、愛宕神社が鎮座する。神社の台座ともなっている墳丘も形よく成形されてるように思われる。古墳詳細については不明。
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