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宇佐市

川部・高森古墳群

宇佐風土記の丘

周防灘に流れ込む駅館川の右岸、宇佐原台地の西端部に分布する古墳群で、北側に赤塚古墳、南端部には免ヶ平古墳が位置し、その間に河川に沿って春日山(福勝寺)・地蔵堂・車坂・角房古墳が並ぶ。そして池を挟んだ東側に唯一の横穴式石室を主体部とする鶴見古墳があります。このほか、弥生時代の方形周溝墓や集落跡などが確認されている。現在は「宇佐風土記の丘」として保存整備されており、大分県立歴史博物館も併設しています。  なかでも北端部の赤塚古墳は、三角縁神獣鏡が出土しており、3世紀末の九州最古級の前方後円墳とされています。次いで南端部の免ヶ平古墳は現状、前方部を失っていますが全長52.5mの前方後円墳で、4世紀後半に築かれている。こちらは二つの埋葬施設から鏡をはじめ多くの豊富な遺物が出土しています。(詳細は別記)その後、福勝寺古墳(5世紀前半)、角房古墳(5世紀代)、車坂古墳(5世紀代)の前方後円墳が築かれ、最後に横穴式石室を備えた前方後円墳の鶴見古墳(6世紀中頃)へと3世紀から6世紀代にかけて継続して築造されて行きました。これらは宇佐の地方を支配していた大首長である宇佐国造一族の墳墓群ではないかと推測されています。
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