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鏡野町

法明寺古墳

(火の釜古墳)

香々美川の東岸、桝形山の南西麓に築かれた古墳で、R343号線がすぐ東を走ります。別名「火の釜古墳」とも言われます。  墳丘は径9.7~11.8m、高さ3.9mほどの円墳で、葺石、周溝は認められません。主体部は片袖式の横穴石室で、少なくとも陶棺2基が納められていました。石室規模は、全長8.5m、玄室長5.9m、幅1.8~1.9m、高さ2.5m、羨道長2.6m、幅1m、高さ1.7mを測り、立派な石室が残っています。  出土遺物は、直刀、鉄冑、轡、須恵器が出土。築造年代は6世紀代と推定され、7世紀代まで追葬が行われていました。

井上火の釜古墳

長大な石室

吉井川の左岸、真加部地区の丘陵先端部に単独で築かれた古墳で、長大な石室を備えます。井上大塚古墳とも称されます。  石室は南に開口する片袖式の横穴石室で、全長11.02m、玄室長6.36m、幅1.8m~2.11m、高さ1.75m、羨道長4.66m、幅1.39~1.68m、高さ1.3mを測ります。墳丘は失われ、巨石を用いた石室が露出します。築造年代は、7世紀初頭と推定され、周辺域に分布する土居天王山古墳や法明寺古墳に後続する首長墓とされます。

土居天王山古墳

男山の西麓

香々美川の西岸、男山の西麓に築かれた前方後円墳で、国道179号線がすぐ脇に走っています。  墳丘規模は、墳丘長27m、後円部径18m、高さ4m、前方部長9mを測り、前方部を南東方向に向けます。葺石や埴輪は認められません。埋葬施設は西に開口する片袖式の横穴石室で、全長6.7m、玄室長5.2m、最大幅2m、羨道幅0.96mを測ります。奥壁側も開口しており、白い標柱が立っています。  出土遺物は、直刀、鉄鏃、土器、土師器、須恵器が出土する。また、馬具や玉類など出土も伝承されています。築造年代は、6世紀後半と推定され、7世紀代まで追葬が行われました。
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