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秦野市

広畑古墳群

庭園石に転用

金目川の北岸、台地上に分布した古墳群で円墳12基が確認されていますが、団地造成のため全て消滅する。そのうち秦野高校のテニスコートにあった1号墳の石室石材を中庭と業務員室の前に移設しています。  1号墳は、径11mほどの円墳で、半地下式の横穴石室を主体部とします。出土遺物は、直刀、鉄鏃、金環、平瓶が出土。築造年代は、7世紀前半と推定されます。

菩提馬場古墳群

4基の古墳群

葛葉川の右岸、上葛葉橋から西へ行った一つ目の交差点の南東畑の中に3基、その交差点から南の畑の中に1基が残っています。どれも状態の良い墳丘はなく、石室石材の一部が露出しています。

道永塚古墳群

3基の古墳群

秦野清川線(70号線)沿いから坂本道へ上がった所に残る円墳が道永塚で、桜の木が目印となっています。また、墳丘には修行僧であった道永の墓誌があります。このほかブドウ畑の中にある2基と合わせた3基が現存する古墳群です。  ブドウ畑の2基は、石室石材が露出しているのが確認できます。どの古墳か定かではないが、昭和10年頃の調査では、直刀、刀子、鐸、鉄鏃、馬具が出土しています。築造年代は、7世紀代と推定される。

金目原古墳群

現存1基残す

金目川左岸の台地上に分布する古墳群で、5基確認されていましたが、畑の中に1基の残すのみとなっています。  1993年に調査された1基は、径16mほどの円墳に、幅2mの周溝が巡っていました。埋葬施設は、両袖式の横穴石室で、玉類、鉄鏃、刀子、須恵器が出土しています。築造年代は、7世紀代と推定される。  2000年に調査された1基は、石室長4.5mの石室から、奥壁に直刀が立て掛けられていたことが確認されています。

念仏塚古墳

神奈中「高砂車庫前」バス停

神奈川交通中央バス停留所「高砂車庫前」に残る古墳です。水無川の北岸、秦野市街地台地上に位置しており、かつては数基で古墳群を形成していたと考えられています。昭和60年刊行の「秦野市史(考古編)」では、古墳とは断定されず中世の塚ではないかとも考えられていましたが、近年では古墳との認識が強いようです。  墳丘規模は、径15m、高さ2mを測る円墳で、低く形の良い墳丘を残します。そして、墳頂にある古木の傍らに「南無阿弥陀仏」の碑が抱え込まれるようにあります。古墳名は、雨乞い念仏に由来していることなどが考えられています。

二子塚古墳

県下希少な前方後円墳

相模平野を眼下に見渡せる薬師原台地先端部に位置する全長46mの前方後円墳です。埋葬施設は横穴石室。築造年代は、周溝から発見された土師器から6世紀後半と推測される。  この地域は、台地上に古墳群、台地南斜面に横穴墓群、金目川沿い水田と台地の中間段丘に集落が確認され、計画的に墓域と生活空間が区画されている。
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桜土手古墳群

春の花見スポット

水無川の西岸段丘上に東西200m、南北500mの範囲に40基をこえる古墳群です。全て円墳で群の中でも大き目の墳丘は南側、小型の墳丘は北側に分布する傾向がみられる。現存するものは12基で、桜土手古墳公園内に5基、日産車体工場内に5基、島津製作所内に1基残ります。築造年代は、6世紀末から8世紀初頭の築造。  群中最大の1号墳は、径28mの主体部は横穴石室、墳丘には葺石が巡る。注目すべきは、墳丘の封土内にも石室を取り巻くように径13m、高さ1.8mの石組みが巡っていることです。  古墳群は公園化され、はだの歴史博物館も併設され古墳群からの出土遺物などが展示されている。また、桜土手は桜の名所でもあり春には、お花見で賑わっている。
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