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小田原市

田島弁天山横穴墓群
弁天山の西側麓
弁天山の西側尾根の北麓と西麓に分布する横穴墓群で、埋没が確認されている1基を除き11基が現存しています。むかし弁天様が祀られていたことから「田島弁天山横穴墓群」と呼ばれます。
横穴墓群の形状としてドーム型とアーチ型があります。6号墓はドーム型を成し、玄室長3.7m、中央幅3.15m、高さ1.8m、羨道長0.6m、幅0.9m、高さ1.39mを測ります。また、周囲と中央部に排水溝を備えていました。出土遺物は、人骨、直刀、須恵器瓶、𤭯が出土。人骨は中央の溝を境に2体が確認されています。
1号墳西隣りの埋め戻された横穴墓からは、畿内産の土師器坏が出土しています。私的傾向が強い横穴墓に中央から相模に持ち込まれた土師器が見つかっているのは、注目すべき点と考えることができます。築造年代は、7世紀末と推定される。

羽根尾横穴墓群
(谷津・穴口・才ノ神横穴墓)
中村川の右岸の羽根尾地区、相模湾が見渡せる丘陵に開口する横穴墓群で、工業団地造成に伴って谷津横穴墓群・穴口横穴墓群・板取横穴墓群(線刻アリ)などが消滅する。かつては、160基ほどが確認されていますが、羽根尾史跡公園として23基・才ノ神横穴墓群(市指定史跡)が残されています。
消滅した谷津横穴墓群からは、直刀、鉄鏃、耳環、玉類、須恵器、土師器が出土しており、1号墓の玄室には、棺座が確認されています。築造年代は6世紀後葉〜7世紀と推定される。穴口横穴墓群からは、耳環、多くの玉類、須恵器、土師器などが出土。築造年代は谷津横穴墓群に先行する6世紀中葉〜7世紀前半と推定されます。
市指定史跡として現存する1基の才ノ神横穴墓群は、羨門部や羨道部が失われていますが、天井部に特徴的な棟木を表現した彫り込みが施されています。横穴墓の形態としては比較的古い形式に分類されます。
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