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大田原市

下侍塚古墳
日本初の学術的発掘調査
那珂川右岸の段丘上に位置する前方後方墳で、県道294号線沿いに美しい墳丘ラインを残してます。
江戸時代に那須国造碑の発見に伴って水戸黄門で有名な「前(さき)の副将軍」、水戸光圀の命により上侍塚古墳とともに発掘調査されました。これが学術的な意味における日本初の発掘調査でした。
墳丘規模は、全長84mを測り、葺石も認められ、周溝も巡っていました。
埋葬施設は、後方部墳頂に木棺直葬(粘土槨)と考えられています。副葬品は、鏡、鉄製品(武器)、土師器などが出土。また、西側周溝から葬送儀礼に使用する朱の付着した底部穿孔有段口辺壺が出土。その後、出土品は、絵師が図をとって箱に納め、その箱を八尺下に埋めたとあります。築造年代は、4世紀末と推定される。
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