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西条市

天神2号墳

当市唯一の地下式横穴墓

福成寺舌状台地に位置する古墳で、天神社を中心に15基が残っております。また、縄文、弥生時代の遺物も多く出土しており、当地域の先人達における一大集落があったと考えれる。  当2号墳は、主体部が地下式横穴墓であって、当市唯一となります。石室は、ほぼ完存しており、墳丘の規模の割に長く、敷石が敷き詰められていたようです。  出土遺物は、耳環、刀子、管玉が出土。築造年代は、古墳時代後期とされる。

大乗寺古墳

城跡の一部とも言われる

西条市旦之上、丘陵の麓に残る前方後円墳で、葺石が確認されています。墳丘上には、五輪塔があり、討ち死にした武士を弔ったものであるとされ、墳丘自体も大乗寺城の一部とも考えられている。

甲賀八幡古墳群

甲賀八幡神社に分布

大明神川の右岸、護運玉甲甲賀益八幡神社の敷地内に数基の古墳が残ってます。かつて50有余を数えたそうです。  主体部は横穴式石室で、追葬が行われていたことがわかっています。出土遺物は、人骨、銅鏡、直刀、鉄鏃、馬具、切子玉、須恵器が出土。築造年代は、古墳時代後期とされる。

石根古墳群

中山川右岸の西部一帯を治めた一族墓

中山川右岸の段丘上、かっては約54基から成る低地に残る古墳群であったが、現在は5基となっている。  これらの古墳は、中山川右岸の西部一帯を治めていた一族の墳墓群と考えられる。  残るほとんどの墳丘規模は、10mほどを測り、最大で4号墳で東西17.5m 南北15m、高さ2.2mを測ります。主体部は、横穴式石室となり、5号墳では縦5.4m 横1.5mの石室が露出しています。  出土遺物として、4号墳で人骨が出土しています。築造年代は、6世紀~7世紀代と推定される。

舟山古墳群

三嶋神社の西丘陵に分布

小松川の西岸、東西300m、南北100m、高さ15mの丘陵に分布する群集墳で、17基からなる古墳群です。現在確認できるのは10基ほどとなってます。古墳群のある丘陵は中央部がくびれ、形状が船に似ていることから船山の名が付いたとされてます。丘陵の.東部に三嶋神社が鎮座し、その西側に古墳が群集しています。三嶋神社の駐車場の脇には、.説明板が立っています。

祭ヶ岡・氷見経塚古墳

度重なる引っ越しで祭ヶ岡古墳横へ

西条市氷見に位置する西条だんじりの発祥とされる石岡神社の本殿脇に両古墳があります。。  祭ヶ岡古墳は、径15mの高さ2㎡の円墳ですが墳丘は、すでに失われている。埋葬施設は、箱式石棺とされます。出土遺物は、直刀、鉄鏃、刀子、鋤先、鉄斧、鑿、ヤリガンナ、須恵器などが出土。築造年代は、5世紀後半とされる。  氷見経塚古墳は、径21mの円墳ですが、墳丘が失われ横穴石室の奥壁を用いた祠の台座として活用されてます。度重なる引っ越しで最終的に祭ヶ岡古墳横へ落ち着きました。出土遺物は、人骨、耳環、管玉、鉄鏃、大刀、須恵器、土師器が出土し、西条市考古歴史館に展示されてます。築造年代は、古墳時代後期とされる。-

西大塚・東大塚古墳

氷見の夫婦塚

西条市の西北方向にある祭ヶ岡丘陵台地の西端部に位置する横穴石室を主体部とした円墳で、西大塚・東大塚ともに横穴石室が露出しています。両古墳は、氷見の夫婦塚とも呼ばれています。  西大塚古墳は、径25.5mほどの円墳で、石室は両袖式の横穴石室で全長5.5m、中央幅2.15m、奥壁幅2.1m、高さ2m、羨門幅1.76mを測ります。石室内は、笹薮状態で撮影することができませんでした。  出土遺物は、鉄器、須恵器が出土。築造年代は、7世紀前後と推定される。  東大塚古墳は、径20mほどの円墳で、石室石材が.露出している状態です。

天神山遺跡1号石棺

西条市考古歴史館に移設

天神山丘陵頂上部の北東端見つかった箱式石棺を西条市考古歴史館正面玄関に移設しています。すぐ南には、八堂山遺跡があり、入母屋竪穴式住居や高床式円形倉庫が復元されています。特に高床式円形倉庫は、印象に残るユニークな形をしております。  箱式石棺は、石墨片岩を用いて全体を緑淡色の粘土で固めて構築しており、長軸方向180cm、短軸方向40cmを測ります。築造年代は、5世紀~6世紀代を推定される。
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諏訪山古墳

露出石材に萌える

西条市船屋にある諏訪神社に位置する古墳で、横穴石室が露出しています。  墳丘規模は、径10m、高さ3mほどの円墳です、両袖式の横穴石室を.主体部とする。南東方向に開口する石室は、全長6m、玄室幅1.8m、高さ2mを測ります。露出した玄門と馬蹄形に残った玄室との眺めが最高の共演となっています。出土遺物は、提瓶、高坏、壺、坩が出土。
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